Last Update 2005/8/29

オラの本棚

山影の岩魚  神田 稲見 著  銀河書房

 透きとおった美しい水だ。この流れを見た瞬間から私の心は無になった。仕事や家庭や借金のことはきれいさっぱりと忘れて、自然の中でただひたすらに遊ぶ。命なき一本の釣り竿が、ピノキオのように熱い血をたぎらせて、私の友となる。細い一本のテグスが、目に見えない谷川の鼓動をまさぐり、極彩色の琴言で私を山奥へと誘う。

 (「南会津の渓と温泉」 より)

 著者の神田稲見氏は長野県のメインバンク(笑)、八十二銀行にお勤めの会社員です。(昭和12年生まれ。これを書いた昭和59年は朝陽支店長ということですので、もう退職されているやもしれません)
 本になるだけあって、非常に文学的であります。そこらへんのおじさんにはちょっと考えつかないフレーズ。

 岩魚は、大きな尻尾を派手に揺らせて時どきその位置を変える。滝壺へ消えたかと思うと、いつの間にか定位置へ戻ってくる。左右へ身をずらして水面へ浮き上がっては、またクルリと戻ってくることもあった。多分、そこがこの渕の一等地なのだろう。人間流にいえば、窓際の日の当たる席。そこには豪華な座椅子があって、分厚い座布団が敷かれている。そこへどっぷりと身を沈めて、緑と花に埋まった庭園を眺める。ナポレオンだかレミーマルタンだか知らないが、とにかく、良く冷えて氷の角が融けかかった水割りか、そのときの気分によっては、香りの高い紅茶を長い時間をかけてゆっくりとすする。

(「渕」 より)

 時代を感じる一等地の描写はさておき(笑)、この話、どこかで読んだ気がするんだけど、どうも思い出せない。どこかの雑誌か、それとも別のオムニバスの本か、それとも全くの勘違いなのか。

 ホントに文章がお上手です。一昔前は、このくらいの文章力がないと本なんて出せなかったんですよねぇ。
 釣行記、と言うよりは、純文学を読んでいる雰囲気です。勉強になりました。

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